Mikatahara Smile ~聖隷三方原病院 看護部ブログ~

総看護部長 吉村浩美の日記

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せいれい看護学会設立

5月15日に「せいれい看護学会」設立総会があり藤本栄子教授発起人代表で、承認された。

 

 

 

 

 

シンポジウムにて『看護と看護学、そして看護職への道標』のテーマで、吉村は「聖隷三方原病院の過去・現在・未来 」を語った。

 

 

 

 

 

スライド(昔の写真も差し入れてあるので、結構よいものである) の添付をまた教えていただくこととして、概要を文章でお伝えする。

せいれい看護学会 設立集会   

藤本先生には丁度 聖隷創立80周年の年に歴史をはじめ振り返るテーマを頂き感謝しております。 聖隷の歴史に学ぶ1930年(S5年)忌み嫌われた重症結核の青年の求めに応じて招き入れ看取ったことから始まる。その後、医療においては結核に治療法ができると、がんで苦しみながらなくなる方々に緩和ケアの場・看取りの場としてホスピスを開設、専門医療チームとともにプライマリー医療を展開した救急医ヘリコプターなど先見的取り組みを行ってきた。多くの取り組み対して制度や報酬は後から仕組みが出来上がってきた。 聖隷のチャレンジ精神

やるべきことをやる、そのシンプルな判断基準で行動してきたわけで、制度があとから創られたという歴史がある。

医療以外には、生活水準を保証した生活保護法の成立に創始者長谷川保氏は尽力し、健康増進にも取り組んだ。良質な医療を提供するための医療人の育成も手がけた。昔は要介護になると施設から追い出された人々のために要介護を対象とした老人ホーム「十字の園」を開設した。

  昔の結核1930年頃 安静・栄養・大気であり、聖隷学園発行 鈴木唯男氏「傷ついた葦を折ることなく」から読み取ったケアを示す。 

1949年               外科治療、化学療法(ストマイ・ペニシリン) 

 黎明期に見る科学的看護 鋭い観察で個々の状態を見抜き、運動・食事・換気を計画し 実施する・・・・→患者が取り組めるよう働きかける。つあり、前向きな生きる力を引き出す 看護であった。 本抜粋『歩行療法の最初1分間に45歩の歩速で2分歩き、1分休んで2分歩き・・・検脈してこれを記録した』 創始者たちが行った看護は、先述のように 標準化し、丹念に観察し、データを情報として、例えば安静度3ならAのパターンを何回/日、 安静度4ならBのパターンを何回/日と決め その日の個人に対して 個別的なケアを行った。 つまり、現代で言うところの 標準看護計画 または 分岐のあるクリティカルパスであろう。 これがバイタルサインなどデータだけでなく、心の様子までも洞察し、本日の運動療法が処方されたわけである。  

看護婦の訓練と病人の看護  1882 F.ナイチンゲール

病人の生と死とは優れた観察者がそばにいるかいないかによって決まるといってよい。・・・・・・・・看護が不十分であるために生ずる症状を観察によって見て取ることである。

観察によって私たちは患者が〈どのような〉状態にあるかがわかる。思考によって〈何を〉しなければならないかがわかる。訓練よって〈どのように〉それを行わねばならないかがはっきりする。 

 

この黎明期に見る看護はFナイチンゲールによって示されていた。例えば『病人の生と死とは優れた観察者がそばにいるか いないかによって決まるといってよい・・』

 病人の看護と健康を守る看護 1893 F.ナイチンゲール

『本来の看護は、処方された薬剤や刺激物を与えたり外科的処置を施したりすることのほかに、新鮮な空気、日光、暖かさ、清潔さ、静けさを適切に活用し、食事を適切に選択して与えることなど、すべて病人の生命力の消耗を細小にするよう行うことを含んでいる。』

 

この時代に『外科的処置を施したり・・・』である。

これらが日本に紹介されたのは「ナイチンゲール著作集」であれば1974年だが、FNの看護が1930年にこの三方原の地で行われていたのである。

 現在 高い専門性とチーム医療現在、人々のニーズも多様化し、高度に進歩した医学や機器をどう利用することが病んだ人の人生に最良となるのか真剣に向かいあっている。専門領域では外来を開き、また医療チームを率い、持っている技術・知識は看護の質を保証し向上させている。病気の意味づけや病気と共生すること、そのために治療にどう向かい合うか、利用者個々が持つ生きる力を引き出す、これが看護の核となっていると思う。  新たな未来へ私たち看護者は 土台は黎明期とFNがいう科学的看護である。大きな建物もこの基礎がしっかりしていることが大切。 2つには 人々の命を守るために新たなことへチャレンジし、制度や法律を後から整備させる、利用者のニーズに応えた役割拡大である。そのための専門分化された看護学であろう。Fナイチンゲールが1893年『外科的処置を施したり・・』といっているように看護は現状より高いニーズに対応できる。 3つには 看護は何ができるのか、看護が何をしているのか、人々に知ってもらうこと。つまり、1つに看護ケアや質の可視化であり、1つに看護政策である。 地域において院内にある資源は地域へ提供する、例えば助産所を開設したが今後オープンシステムを構築する。 物的資源の提供と共同である。人的資源も地域で不足して領域がある。専門的な人的支援も期待されるところであろう。 生活する人々

 医療サービスの考え方で行けば、サービスの消費者である人々へもっと働きかけたいことは・・・

 例えば、治療の選択と参画方法、自分はどういった治療がよいか情報を取得し自分なりに考える姿勢、これらは背景にはどう生きたいか人生観・生死観を考える機会となろう。そういった意味で人々への育成もある。 物質的飽和状態の子供たちにも精神の鍛錬を 例えば 健康といのちの教育が大切だろうと考える。 そのためには職業人として看護職は60万人いるわけで 生活している周辺に対して影響しえるであろう。

 

終わりに 

黎明期の聖隷人は生活習慣病など自身が造り上げる病気に対して、「自身の生(命)に責任と義務を持って生きろ」というのだろうなと久しぶりに歴史を紐解き考えた。

 

 今後のせいれい看護学会のスケジュール 

「せいれい看護学会誌」が8月下旬に創刊 投稿原稿は6月15日まで

2011年3月26日(土) 第1回せいれい看護学会学術集会 場所は聖隷クリストファー大学で開催予定である。多くの参加を期待している。

 

 

日時: 2010年05月17日 08:21

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